徳富総一郎×木挽棟梁「木挽棟梁が語る杉赤身の魅力」

木挽棟梁が語る杉赤身の魅力。

杉岡製材所
杉岡さん

ホームラボ代表
徳冨総一郎

徳富 日本の本格木造住宅といえば、坪70 万80 万の高級住宅というイメージが定着してますよね。僕は若い人たち、30 代の人たちでも手の届く家ができないものか、とずっと考えていました。木造住宅の敷居の高さを少しでも払拭したい。
同時に「どこの国の家かわからん」という家じゃなくて、「これはやっぱり日本の家だな」というのを造りたいと、試行錯誤を繰り返してきたわけなんです。

杉岡 全く同感です。そもそも木造建築は文化ですからね。文明ではない。文化と文明とはえらい違いがあります。 文明というのは普遍的で合理的で機能的なものですから、国、地域を選ばない。時代も越えられる。いまから1000 年経っても、現代の文明は、姿カタチが変わることがあっても基本的には生き続けているはずですよ。 でも文化は、ごく一部の民俗でしか通じないもの。食文化を例にとると、材料や調理法を記したレシピがあるから学問的に同じじゃないか、というとそうじゃない。
レシピがあっても、じゃあ京料理をアフリカの人がうまいと感じるかどうかは別問題。まずい、理解できないといわれれば、それは文化が違うからなんです。建築の世界でいえば、日本人は木の家が好きだといわれるけれど、それはあくまで文化なんです。木造建築は日本の文化の一部。でもこの文化が、大手ハウス産業という言ってみれば文明によって壊されつつあるのが現実です。僕は数少なく残っている文化を、できるだけ守りたい。だからすまいつくりはとことん木にこだわってほしい、という強い思いがある。

徳富 そして僕は杉岡さんの「杉」への思いをうかがってからというもの、すっかり洗脳されてしまった(笑)。

杉岡 7 年前に父親の製材所で働きはじめるまで、僕は木のことなんか何も知らなかった。建築学部で学んだわけでもないし。
だから一から木の勉強を始めたんですけど、わからないことづくしで・・・。「日本人には木の家がいいって、ホントかよ?」「昔の家がいいっていうけど、昔っていつのことよ?」という「どうして?」「なぜ?」に対してひとつ一つ、自分なりに納得できる答えを見つけてきたわけです。

徳富 木挽(こびき)棟梁でしたっけ、僕は杉岡さんから初めてこの職業を教えてもらいましたが。

杉岡 木挽というのは、山の中から原木を切り出して、使用目的に合わせ柱材や板材に挽き分ける職人のことです(今は、樹齢数百年といった丸太を手鋸で挽く人を指すようです)。僕らのような製材所が引き受けているような仕事を、かつては木挽さんたちがやっていたんですね。古い家だと、棟木(棟の先端部分)にその家を建てた大工の棟梁と、この木挽棟梁の名前が列記されています。家つくりにおいて、かなり大きな存在だったらしいです。いまでは全国で6.7 人を数えるほどですが、その中のおひとり、林似一(はやしいいち)氏の言葉にも杉への愛着がうかがえます。「なんといっても住宅
には杉と松ですね。欅( けやき) も確かにいい木だと思いますが、住宅では圧迫感を感じます。欅( けやき) の格天井ではくつろげないですよ。なんだか頭から押さえつけられる感じでね。硬くて、木目が強いせいですかね。その点、杉は飽きがこなくていいですよ。暖かみがありますし、昔は安い家も上等な普請も、皆杉でした。それだけ幅のある木なんですよ。」とね。

徳富 なのに、どうして、日本では檜神話が根強いんですかね。
杉岡 個人的な意見を言わせていただくと、まず伊勢神宮の式年遷宮( しきねんせんぐ) による神聖なイメージですね。建物を20 年毎にまったく同じ様に建て直す儀式で、約1 万本の材木が全て檜なんです。日本人のお伊勢参りは文化ですから。また、日本書紀にはスサノオノミコトがスギとクスは船に、ヒノキは建物に、マキは棺に使うべしという意の教えが記載されています。もうひとつが昭和9年にはじまった法隆寺の「昭和の大修理」。その修復工事をされた宮大工の西岡常一(にしおかつねかず)さんが「檜はすばらしい」と讃えたわけです。昔から、確かに寺社建築に檜はよく使われていました。僕もいい木だと思うから適材適所で使っていますよ。
徳富 確かに、神社が杉で造られていたら、パリッとせんような気がするよね。檜だから気持ちも引き締まるし。逆に杉だったら寝転んでしまいそうやもん。

杉岡 檜を使うのは神社という暗黙の了解が日本人にはあったのかもしれませんね。法隆寺の時代はまだ神仏集合だったので檜が使われていますが、近代は神と仏が分かれてきたでしょう。
社は檜普請で寺は杉普請というイメージを僕らは持っています。
それと、おもしろいことに古い数寄屋建築には檜が使われていないんです。針葉樹では杉や松、栂が多く使われている。だからですかね、京都の大工さんは杉が好きな方多いですよね。檜このように歴史をさかのぼっていけば、住宅として使用する場合、檜と杉にそれほど優劣はないと思います。どの部分をどう使うかという事の方がむしろ重要です。この辺は後ほどレシピのなかでおはなしすることにしますが、とにかく、最近の風潮として、イメージばかりが先行してますよね。車に例えると、クラウンが檜、カローラが杉みたいな。大学なら偏差値ですかね。偏差値だけで人の価値を決めちゃうような。
僕は、お客様に「好きずきですよ」という言い方をしています。
イメージとして木綿とシルクの違いかなと。シルクというのは素晴らしい素材ですよね。だけど、僕、シルクのシャツやパンツを身につけたことあるんですが、なんだかしっくりこない。

汗かくとペタペタする感じがある。世の中にはシルクが好きな人もいれば、木綿が好きな人もいて、でも僕は汗をがんがんかくので木綿のシャツが「好き」なだけ。繊維としてどちらがすぐれているかというと、シルクなのかもしれない。ところが木綿でもしっかり織ったものや、草木染めや藍染めなどでしっかり染めたものは、シルクより高級品として扱われることもある。

徳富 確かに「好きずき」ですね。木綿には木綿の美しさ、木綿にしかない肌ざわりがある。すまいつくりにおいても、檜にはできないことも杉にできるなら、じゃあ杉を選ぼう、となる。

杉岡 僕らは木綿のよさを知った上で、究極の木綿を造りたいわけです。

徳富 そして僕は杉岡さんから「杉の赤身」の存在を教わったわけで。

杉岡 杉の赤身で床材が造れないか、というのが最初のご提案でしたよね。

徳富 基本的に家というのは、ゴロゴロできんといかんと思うわけです。パンツいっちょでスイカをバクバクくうような。だったら、檜より杉かなと思う。特に床は唯一といっていいぐらい、カラダに触れるところですからね。

杉岡 赤身の説明は後程するとして、ここで、ホームラボさんの床材のレシピを紹介しましょう。素材のところで「九州の日田小国杉の色、艶、杢のよい、寒伐りされた高樹齢材の2 番玉の30センチ上材を吟味します」とあります。まず、「九州の日田小国杉」と指定することで、ある程度品種がしぼられます。一言に九州の杉といっても100 種ぐらいあるといわれ、学術的には、数が確定していないんです。九州大学の木材専門の先生いわく、「杉の品種間の違いは、樹種間の違いぐらいの開きがある。ひとまとめに杉として研究できない」のだそうで、実は日田杉、小国杉といえども、スギの品種が
単一ではないのです。しかし、林業地帯には歴史がありますからね。
60 年経つとこの木は中が腐ってダメになる、とか、この木は土地にあわないといって間引きされる。自ずとその地域にあった品種が残ってきているわけです。
徳富 杉岡さんは「人は氏より育ちだけど、木は育ちより氏だ。だから品種は吟味すべきだ」といわれてましたよね。

杉岡 でもね、育ちもやっぱり大切なんですよ(笑)。木と木を植える間隔や、間引き具合とそのタイミング、斜面傾斜、日当たりなど。300 年400 年単位で林業の歴史があるところには、ある程度のマニュアルが完成されていますからね。レシピにもどると・・・、寒伐りというのは、樹木のとき 含水率が少ない冬場に切り出すという意味です。高樹齢というのは、うちでは70 ~ 100 年くらいのものを指しますが、床材には80年くらいの木を使ってますね。ただ、樹齢というのはひとつの目安で、100年生のものでもあまりに巨大化してしまっていてはダメなんです。太さは30 ~ 34センチくらいの2 番玉で、それで80年ぐらいのがベストですね。2番玉というのは、4メートル単位で木を切るとして、その下から2 番目。木の元口の年輪の芯が真ん中にくる部分ですね。

徳富 たくさんのこだわりが凝縮した素材ですね。

杉岡 木材の善し悪しは、原木素材が5 割、木どり(製材)が3割、そして乾燥加工が2割。つまり5割を占める「素材」がまず重要と僕らは考えています。最近は「最新の乾燥技術を導入」して、それで木がこんなによくなった・・・とドラスティックに語る会社もありますが、乾燥という要素は2 割のこと。

徳富 素材が良ければ良いし、悪かったら悪いということですよね。

杉岡 調理法でしょ。焼いたけん、蒸したけん、電子レンジにかけたけんって、そんな話ですよね。うまい魚はうまいし、まずか魚は、やっぱりまずい。 例えば燻煙乾燥は、1 ~2週間ぐらいですよ。確かに燻すと木は腐りにくくなります。古民家で黒光りしている梁の耐久性が上がっているのは事実。でもそれは何十年と毎日のように燻されているわけで。 たった1~2週間で、しかもせっかく燻して煤のついた部分をカンナかけて削っちゃうんだから。 それで木の耐久性や強度が飛躍的に向上するというのは、疑問を感じます。調理法として魅力的で有効な方法だとは思いますが、調理法は、まず素材に合わせることが大切だと考えています。レシピでは、その辺りの調理法にも触れていますのでぜひ読んでみてください。

徳富 そろそろ「赤身」の話をお願いします(笑)。

杉岡 そうでした(笑)。今回の『ホームラボ』さんの柱や床材には、「杉の赤身」を使用しています。ある程度樹齢が達した木を見てもらうと分かるんですが、木は中の方が赤く(赤身)、外側が白い(白身)。
僕はこの赤身と白身をとても重用視しているんです。というのも、檜が杉より水に強いとか、檜葉が檜よりさらに水に強いとかいわれているのは、全部、赤身の部分の話なんです。そして白身の部分は、どの木でも耐久性に ほとんど差はありません。樹木として生きている時は、白身の部分は盛んに細胞分裂をした後の、生きた細胞なんです。葉と根の間を水が行き来しているわけです。逆に赤身の部分は死細胞といわれ、細胞としては死んでいます。水は動かない。また白身から赤身に変わる段階で、樹脂分などが貯えられる性質があって、この樹脂分が外敵から身を守る役目を果たします。 外敵は、
腐朽菌(ふきゅうきん)というきのこの一種やカビ、虫等です。樹木は、これらの外敵によって樹皮が破られると、まず樹液で身を守ります。それで防げない場合、白身の部分までは入り込みます。 しかし、赤身の部分にはなかなか侵入できないんですよ。赤身とは、木にとっての「柱」のようなものですね。

徳富 建築現場で檜の柱といっても、よく目にするのは真っ白ですよね。あれは、細い16センチぐらいの木を12センチ角に挽いている、だから白い。四寸角の柱には違いないのだけど、表面は白身が多いということですね。

杉岡 樹齢を重ねて大きくならないことには、赤身はできないですからね。古くても木の先端の方は赤身が少なくなるため、樹齢を重ねた木の元玉~3番玉ぐらいまでがより良いのではないかと思います。というのも、九州の家は長年住んでいる間に台風を始め様々な災害にみまわれます。 また、気候は、高温・湿潤で木にとっては、日本の中でも過酷な条件です。さらに、立地条件によって風通しや日当たりなど一戸一戸の条件も変わってきます。そんな中だからこそ、腐りにくいし、カビもはえにくく、ムシも喰いにくい赤身材を使っていることが効いてくるんです。そこで構造材にこそ赤身を使ってほしい・・・というのが僕からのご提案でしたよね。

徳富 そう、だから床材だけじゃなく、今回のプラン『CEDARBOX(シーダーボックス)』では柱にも、杉の赤身を使用しています。お客様には価格がネックになるとは思いますが、総檜造りみたいに目の飛び出るような見積りを提示するわけはないですし(笑)。 キッチンにお金をかけるのもいいけど、その半分ぐらいは、長くお世話になる構造材に使いませんか、みたいなご提案をしたいと思っています。

杉岡 ただし、杉で赤身であれば何でも構造材に適しているかといえば誤りです。どのような木でも白身より赤身のほうが耐久性は高いといえますが、品種、目詰り具合、素性など様々な点をクリアしなければホームラボの柱にはなりません。日本でも指折りの林業地帯である日田・小国というこの地域でも、こちらの目にかなう原木を手当てするとなるとそう簡単な事ではないんですよ( 笑)。それと流通されている四寸角(12cm 角)は40年以下のいわゆる間伐材クラスです。( 古い木の先端のほうが混じってたり、若い木でも皆伐すれば厳密には間伐材じゃないんですけど) そして、国産材で構造材に使われているサイズは12cm 角ぐらいまでです。確かに環境や育林という視点から考えると、間伐という手入れは重要で、その時できてくる間伐材を資源として有効に活かすことは大切です。でも、適材適所。 間伐材は野菜に例えたら、間引き苗ですよ。
しかも大きい断面の構造材はほとんどを外材にたよっている。間引いたあとの立派なやつの行き場が無い。 近頃の日本の家は、立派に成長した木を、使う人が少ない。本当に美味しい大根を、食べてる人が少ないんですね。残念ながら、正当な評価を受けていません。
僕らは美味しい大根を評価して欲しい。赤身を多く含み、手塩にかけて育てられた立派な杉があるんだから。みなさん、どうせ食べるなら美味しい大根を食べましょうよ、と。そしてその評価こそ、あるべき姿の林業再生に繋がっていくと信じています。

徳富 作り手である『ホームラボ』としては、一度、美味しい大根を知ってしまいましたからね。もう黙ってはいられない。多くのお客様に、本物の「味」をたっぷり堪能していただきたいと考えています。

share!